1965年4月号 B5判 P118 全体に経年によるヤケ 表紙汚れ、スレ ページ端シミ汚れ
目次:
【特集1 映画批評家論 第一集】
松本俊夫論 論理の明快さと不安(朝倉摂)
戸井田道三論 民族学的映像論の背景(山田宗睦)
小川徹論/裏目読みの功罪(松本俊夫)
【特集2 続・映画批評家への怨恨】
いじめっ子戦術とりモコン作戦(深作欣ニ)
小さな怨恨より大きな信頼(江崎実生)
“そっとして頂だい”という女房の声(鈴木清順)
批評家はザブトネコ 対岸の火を眺めず舟をこぎだせ……(弓削太郎)
【特集3 女と男のたたかい 《柔らかい肌》 《あゝ結婚》をめぐって】
種のゆくえ ―私の洋画サロン― それにかわりがあるじゃなし(長谷川四郎)
男の浮気のなかの女たち(由起しげ子)
あゝ、男のロマンチシズムと女のリアリズム(十返千鶴子)
幸福論の終焉 〈柔らかい肌)の手ざわり(寺山修司)
ドメニコの子はどれか(斎藤竜鳳)
負けるのはいつも男 女のこわさとほろにがさ(菊村到)
人間、この愛に徹し切れぬもの 〈柔らかい肌〉の愛について(城山 三郎)
「あゝ結婚」の周辺 “女と男のたたかい”にみる文学的考察(久保田正文)
男と女のセックスが終りを告げる時 「軽蔑」「ひも」「肉体の学校」アントニオーニ作品にふれて(押川義行)
ゴダールもフラケンハイマーも同じ敵 「恋人のいる時間」「あゝ結婚」にふれて(飯島耕一)
眼には眼を、影には影を 「柔らかい肌」「恋人のいる時間」にふれて(戸井田道三)
【特集4 私たちの愛に関するドキュメント 告白的女×男映画論】
女はサルか菩薩か(石堂淑朗)
猟銃のもとの男と女の対話(浦山桐郎)
間違った戦場においても(矢島翠)
弱者のみの天与の武器)(深作欣二)
グランド・パッションへの熱望(白坂依志夫)
【特集5 〈展望〉世界の映画】
女と男のある限り 戦後ドイツの空虚さ(福田宏年)
復活 最近のソビエト映画を考える(佐伯彰一)
アクション映画 “追跡と冒険もの”と推理小説(都筑道夫)
映画におけるソドミズム ―ソドミ的映画批評提唱―(国田晋)
着実なペースのインド映画(岩淵正嘉)
運載 いなかん随筆7 『国定忠治』てんやわんや(稲垣浩)
ぼくのシネ・スケッチブック(やなせ・たかし)
まんが(高りょう)
映画COLUMN評
(林玉樹){肉体の学校/虐殺の橋/求婚専科/黄色いロールスロイス}
(斎藤正治){現代悪党仁義/大捜査網}
全国大学映研による洋画ベスト・テン発表
書評 「世界映画史」
シナリオ 柔らかい肌 フランソワ・トリュフォー
シネマ・エロティシズム7 {春婦伝/あゝ結婚/柔らかい肌/恋人のいる時間/情事履歴書}