人はなぜ殺すか 狩猟仮説と動物観の文明史 マット・カートミル 訳:内田亮子 新曜社

1995年初版 四六判 P384+索引ほかP96 帯スレ、背ヤケ カバー少クスミ、上端イタミ

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1995年初版 四六判 P384+索引ほかP96 帯スレ、背ヤケ カバー少クスミ、上端イタミ

“殺しはヒトの本能か?
武器をとって狩りを始めたとき、類人猿は人類となった―
この狩猟仮説はいかにして生まれ、広く信じられてきたか。古代から現代に至る狩猟と生活と文化の関係を詳細に検討し、人間と動物、人間と自然のあり方の再考を迫る。”(帯文)

古代ギリシャの時代から、キリスト教、中世の貴族社会、ルネサンス期へと、狩猟に対する人々のイメージが変遷してきた歴史を辿り、さらに17世紀以降の科学、ダーウィニズム、植民地主義、フロイト心理学などの学問が狩猟への反発、あるいは肯定と結びつけて論じられ、ついには「狩猟・殺戮はホモ・サピエンスの本能である」といった説が提唱されるにいたった過程について検討する。

目次:
はしがき

1章 キラー・エイプ
2章 肉の芳香と邪悪
3章 処女の狩人と血だらけのご馳走
4章 白い雄鹿
5章 忍び泣く鹿
6章 機械の壊れる音
7章 エオヒップスの哀しみ
8章 病める動物
9章 バンビ・シンドローム
10章 死に至る自然の病い
11章 獣の魂
12章 暁の死

謝辞
訳者あとがき
参照文献

索引
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