1991〜2002年 A5判 並製本 巻により表紙少汚れ、背少ヤケ 第9、12号一部ペン引線
津村俊夫氏が主宰する旧約釈義研究会(第10号以後は聖書釈義研究会と改名)の機関誌。
旧約聖書の釈義について、原語であるヘブル語のテキストを直接参照・研究することを志して創刊され、第10号からは新約の研究者も迎えて副題を「聖書釈義研究」と改める。
※セットから欠けている創刊第1号の内容は、第7号の巻末に復刻・再録されています。
【第2号】1991年 P77 裏表紙僅汚れ
目次:
いけにえとしての『砕かれた心』(詩51:18-19、21)(木内伸嘉)
詩篇51篇の統一性の問題(津村俊夫)
詩篇51篇8節における知恵(佐々木哲夫)
詩篇51篇14b節の統語上の問題(竹内茂夫)
釈義ノート(松本任弘)
釈義ノート(木内伸嘉)
【第3号】1992年 P102
目次:
古代オリエントの表題付きの詩歌(津村俊夫)
詩篇18篇5-6節における死のメタファー(佐々木哲夫)
メシヤの義(詩18:21-25)(木内伸嘉)
詩篇18篇の解釈に関する諸問題:I.2節、II.8-20節と「カナン神話」、III.40節(津村俊夫)
詩篇18:48のאִישׁ חָמָסについて(白畑司)
詩篇18篇の未完了形動詞と継続法ワウの用法(竹内茂夫)
詩篇4篇における“Precative Perfect”(祈願的完了形)(遠藤嘉信)
כִּי־חֶדְוַת יהוה הִיא מָעֻזְּכֶם (ネヘミヤ8:10b) の意味(松本任弘)
【第4号】1993年 P118 表紙背ヤケ、僅汚れ
目次:
詩篇2篇における「アラム語的特徴(Aramaism)」(竹内茂夫)
許篇2篇 7節における חק (鞭木由行)
詩篇2篇9節におけるtr'm(木内伸嘉)
詩篇2篇10節の שׂכל の意味 ドラマの談話分析の視点から(佐々木哲夫)
詩篇2篇12節に於ける פּן を伴う従属節(遠藤嘉信)
詩篇22篇3節の文学的構造(稲垣緋紗子)
詩篇22篇9節(稲垣緋紗子)
ハバクク書2章3a節(津村俊夫)
聖書ヘブル語の音韻規則(津村俊夫)
ヘブル語 kî の話者志向的用法(W・T・クラーセン 訳:木肉伸嘉)
【第5号】1994年 P115 表紙背および端ヤケ、少シミ汚れ
目次:
「謎」の意味(詩49:5)(佐々木哲夫)
詩篇49篇15節の構造とその翻訳(津村俊夫)
命にまさる恵み(詩49:16)(木内伸嘉)
誰がヨセフを? 創世記37章28節の解釈(遠藤嘉信)
ὅτι の話者指向的用法(木内伸嘉)
〈「新共同訳」の翻訳について〉
・出エジプト記の翻訳検討(鞭木由行)
・サムエル記の翻訳批評(1)(津村俊夫)
・「コヘレトの言葉」 訳評(佐々木哲夫)
【第6号 特集:安息日について】1995年 P119 表紙背ヤケ 裏表紙シミ汚れ
目次:
創造の第7日(松本任弘)
「しるし」としての安息日(出31:12-17)(鞭木由行)
ヨベルの年と qdš(木内伸嘉)
安息日における仕事(民15:32-36)(佐々木哲夫)
シナイ山とモアブ平原における安息日規定(遠藤嘉信)
サムエル記における「新月祭」と「安息日」(津村俊夫)
〈「新共同訳」の翻訳について〉
・レビ記の翻訳批評(1)(木内伸嘉)
【第7号 詩篇89篇の研究】1996年 P132 表紙背少ヤケ 上角僅折れ跡
目次:
メシヤの栄光と恥 ―詩篇89篇における嘆き(木内伸嘉)
隱喩表現としての רהב (時篇89:11)(佐々木哲夫)
נזר (冠)に見るダビデ王権の特質(鞭木由行)
「雲の中の真実な証人」(詩篇89:38)(津村俊夫)
詩篇4篇5節の構造(富田雄治)
創造の記述における段落構成と語りの進展(稲垣緋紗子)
「新共同訳」訳評「レビ記」(2)(木内伸嘉)
[EXEGETICA 第1号(1990)《復刻版》]
創刊の辞
詩篇55篇13節の釈義(佐々木哲夫)
詩篇55篇における「災いの祈願」(木内伸嘉)
釈義ノート(1)(津村俊夫)
【第8号 旧約聖書における「霊」(1)】1997年 P104 表紙背少ヤケ 裏表紙および末尾ページ下角少折れ跡
目次:
サムエル記における『主からの悪い霊』(津村俊夫)
契約の成就としての霊の内住(ハガイ2章5節)(鞭木由行)
主の霊は「覆う」のか「着る」のか ―士師記6章34節の לבשׁ ―(佐々木哲夫)
「干からびた骨の幻」(エゼキエル37:1-14)の修辞的特徴と רוח (遠藤嘉信)
申命記における28章69節の位置付け(奥田健一)
[釈義ノート]
エレミヤ書7章21節における「いけにえ拒否」(木内伸嘉)
「勇士は弓を砕かれ」(サムエル記2:4)(津村俊夫)
アモス書1章2節a(津村俊夫)
【第9号 旧約聖書における「霊」(2)】1998年 P74 表紙背ヤケ P2蛍光ペン引線
「しるし」としての預言(民数11:24-30) ―聖書神学的考察―(木内伸嘉)
知恵の霊( רוּחַ חָכְמָה )(佐々木哲夫)
創造における『神の息』(創世記1:2c)(津村俊夫)
[釈義ノート]
「わたしの霊によって」(ゼカリヤ4:6)(津村俊夫)
[特別寄稿]
古典ヘブライ語意味論研究の最近の動向(村岡崇光)
申命記6章9節の בִשְׁעָרֶיךָ の意味(後藤茂光)
【第10号 文書資料説をめぐる諸問題】1999年 P178 表紙背ヤケ
「洪水物語」(創世記6章-9章)の構造と資料説(遠藤嘉信)
なぜ香の檀の記述は後置されたのか(出エジプト記30章1節-10節)(鞭木由行)
「聖潔法律集」の存在について(木内伸嘉)
メソポタミアからレビ記への「語りかけ」 ―債務による拘束をめぐって―(依田 泉)
士師記の構造と編集(佐々木哲夫)
「語りにおける「表」の位置付けについて ―Iサムエル記6章17節-18節aの「項目+数詞“1”」タイプの表―(津村俊夫)
詩篇100篇3節における「掛け言葉」(竹内茂夫)
詩篇61篇7-8節の解釈について(山田良輝)
[新約釈義]
コロサイ1章20節における「万物の和解」(内田和彦)
θυμιατήριον (へブル9章4節)について(伊藤明生)
【第11号 聖書の「法」】2000年 P93
「信仰」と「みおしえ ( νόμος ) 」との連続性 ―ローマ人への手紙3章27節の νόμος πίστεωςをめぐって―(伊藤明生)
「生けるいけにえ」(ローマ12:1)(木内伸嘉)
ギブアの罪とベニヤミン族への制裁 ―士師記19章-21章―(佐々木哲夫)
出エジプト記24章7節の「契約の書」(鞭木由行)
律法の「成就」と「廃棄」 ― yṣ’ の意味―(津村俊夫)
【第12号 律法から信仰ヘ】2001年 P132 表紙背少ヤケ ページ上角少折れ跡 巻頭からP22にかけて蛍光ペン引線
カインとアベルに見られる「信仰」(木内伸嘉)
メリバにおける信と聖: モーセの罪をめぐって(遠藤嘉信)
初期ユダヤ文書における創造物語と唯一神信仰(遠藤勝信)
従順( ὑπακοή )と 信仰( πίστις ) ― ὑπακοή πίστεως (ローマ1:5)をめぐって―(伊藤明生)
キリストは律法の終りか? ローマ書10章4節再考(内田和彦)
ヨブ記38章36節の「鴨」?(鞭木由行)
ハバクク書2章6節b(津村俊夫)
【第13号 聖書の救い(1)】2002年 P110 表紙背少ヤケ
目次:
ハバクク書における救い(津村俊夫)
レビラート婚をめぐる救済観(木内伸嘉)
「取り戻し」という「救い」 ―士師記11章26節の נצﬥ (佐々木哲夫)
「イスラエルはみな救われる」(伊藤明生)
「婚宴のたとえ」(マタイ22章-14節)は「『地獄』の後の救い」を教えているか?(内田和彦)