大正12年 ページ部分10.5×16.8 P568 裸本 天金 ページ経年ヤケ、時代シミ P205折れ跡 表紙色落ち

大正12年 ページ部分10.5×16.8 P568 裸本 天金 ページ経年ヤケ、時代シミ P205折れ跡 表紙色落ち
旧字旧かな遣い
“古今夷曲集は浪速の人行風号は生白堂寛文五年の編に係り、名の如く古へより其当時に至る迄の狂歌を萃めたるものにして、後陽成院第八の皇子智恩院門跡良純親王によりて、後西院天皇の叡覧に供したる事、後撰夷曲集の跋文に見ゆ。狂歌の沿革を窺ふべき絶好書なり。”
“萬載狂歌集と徳和歌後萬載集とは何れも四方赤良即ち蜀山人の撰する所にして、前者は天明三年、後者は天明五年、共に所謂天命調の代表的詠作を萃めたるもの、江戸狂歌の粋は挙げてこの内にありと称するも不可なからん。”(諸言より)