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GS ―La gaya scienza たのしい知識― vol.5 特集:電視進化論 UPU

1,400円(税込)

1987年 17.7×22.8 P180+カラー図版 表紙少ヤケ、少スレ 天少汚れ

商品の説明

1987年 17.7×22.8 P180+カラー図版 表紙少ヤケ、少スレ 天少汚れ

目次:
スペクタクルの蝕(ジョナサン・クレーリー 訳:浅田彰、市田良彦)
潜在的イメージ(ポール・ヴィリリオ 訳:菅啓次郎)
スピード=映画(ポール・ヴィリリオ、 ジャン=ポール・ファルジェ 訳:菅啓次郎)
ヴィデオは決して偶然を廃棄しないだろう(ジャン=ポール・ファルジェ、ドン・フォレスタ 訳:千葉茂隆)
われわれを身体から解放せよ(マルク・ギヨーム 訳:牧田弥)
TV:失われた透明性(ウンベルト・エーコ 訳:山本敦子)
ヴデオ・ユートピア ―その前衛的存在あるいは非存在(レイモン・ベルール 訳:加川順治)

【コラム】
白いブラウン管から恋人の瞳を射る日(山崎浩一)
もっとも過激な映像としてのTV(手塚真)
TVの映画的不幸をめぐる幸福な物語(鈴木布美子)
新しい画像技術、新たなネ ワーク(浅田彰)
画像のデジタル合成(エドモン・クーショ 訳:菅啓次郎)
ハイブリッド化(エドモン・クーショ 訳:菅啓次郎)

リアル・タイムを求めて(エドモン・クーショ 訳:菅啓次郎)
スクリーンから電脳都市へ ―ドゥルーズ『映画』を読む(浅田彰)
リン・ハーシュマンの物語的反物語(クリスティン・タンブリン 訳:幾島幸子)
インターラクテーヴ・パソロジー(ルカ・ムスカラ 訳:山田和子)
はじめてヴィデオ・カメラを手にした年少の友人によせる手紙(四方田犬彦)
長い人生の伴侶にTVゲームをどうぞ(三浦明彦)
マックスヘッドルーム(武邑光裕)
チャンネル4 制約なきチャンネル(ドロテ・ラランヌ 訳:千葉茂隆)
主張をもったテレヴィジョン イギリスのチャンネル4(キャスリーン・ハルサー 訳:山田和子)
TVラブ WNET/チャンネル13(マリータ・スターケン 訳:山田和子)
WGBH/ニュー・テレヴィジョン・ワークショップ(スーザン・ダウリング 訳:山田和子)
ナショナルセンター・フォー・エクスペリメンツイ・イン・テレヴィジョン(ジョアン・ケリー 訳:山田和子)
パブリック・アクセス・アーキテクチャー マンハッタン・ケーブルTVとメディア・フロンティア(武邑光裕)
サテライト・ネットワーク(武邑光裕)
『バイバイ・キップリング』見聞記(浅田彰)
TV その二つの部分(ハル・フォスター 訳:藤原えりみ)
政治的娯楽(グレートヒェン・ベンダー)

【コラム】
TVについて(川崎徹)
「わたしに躓かぬものはさいわいである」とファミコンは言った(いとうせいこう)
壺の鑑賞(宮沢章夫)
TVにおける核の意識(ジェイムズ=M・ウォルシュ 訳:山田和子)
テレヴィジョンのヴェトナム(ピーター=C・ロリンズ 訳:岡本直也)
はめ込まれた人間(ジャン=ポール・ファルジェ 訳:千葉茂隆)
TVとポスト・モダニズム(ジョン・ウィーヴァー 訳:尾河直哉)

MTV
 官能的な雑種性(ジェファーソン・ハンフリーズ 訳:小沼純一)/ミュージック・ヴィテオがヴィデオ・アート自体にもたらした/前作スレイヴ『スレイヴ・トゥ・ザ·リズム」でトレヴァー・ホーンとともに“はやい資本主義”と“きらめくテクノロジー”:の頂点を極めた感のあるグレース・ジョーンズだが/ミュージク・ヴィデオの中から出てきたもっとも興味深い成果は

TV SIMULATION
 {ここまできたTVシミュレーション/確かに恐ろしかった。だけど、それじゃ僕たちはいったいどうすればいいんだ。(桑原茂)}
MUSIC
 {「わたしのお気に入りヴィテオ」でベスト5のひとつに『グレン・グールド:ピアノ、演奏の秘密』を挙げた僕/同じく音楽を扱っても、フランスのヴィデオ・アーティスト、ロベルト・カーンの手法は
ASSASSINATION
 {暗殺(生井英考)/それらの光のひとつひとつは交互に……/カメラの前で短銃自殺}
ACCIDENT
 TVアクシデントの時代に絵画はいかにして可能か
ELECTION
 ナンシー・バーソン(ウィリアム・A・イーウィング 訳:尾河直哉)/無言の政見放送始まる}

その他の詳細情報

販売価格 1,400円(税込)